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蹴りたい田中

蹴りたい田中

田中啓文
ハヤカワ文庫 (2004/06/15)
735円(税込)

 田中啓文の作品は、文芸誌等でいくつか読んだことがあるが、単独著書を読むのは初めてである。今まで読んだ作品は、ミステリ系のものだったので、それらとの作風の違いに驚くと共に、作者の力量を痛感した。

 まず、装丁から内容まで全てに統一された趣向が素晴らしい。「蹴りたい田中」で第130回茶川賞受賞後、突如消息を絶った伝説の作家・田中啓文の才能を偲んで、発行された遺稿集という設定である。山田正紀、菅浩江、恩田陸など豪華な顔ぶれによる寄稿も面白い。最後のページには「田中啓文文学大賞」創設のお知らせまであって、何も知らないで読んだら、すっかり騙されてしまうのではないかと思う。

 肝心の小説も、快作ばかりで笑いが止まらない。一言で言えばダジャレ小説なのだが、そんな一言では片付けられないような力を秘めている。次から次に繰り出される大量のダジャレは、単なる言葉遊びで終わらず(終わるものもあるが)、作品の根幹に深く関わっているのだ。これは、思い付きでできるようなシロモノではない。軽くて読みやすく、笑いに満ちた作風は、相当に緻密な計算の裏に成立しているのだと思われる。

 たしかに、バカバカしいと言われればそれまでであるが、川柳や落語が伝統的な芸術であるように、あるいは、和歌の掛詞や縁語が日本特有の優美な技巧であるように、本作のダジャレも芸術の域に達していると言って良いだろう。

 「ことば」に興味を持っている作家は信頼できる。これは私の個人的な考えであるが、ダジャレでも暗号でも、回文でもアナグラムでも、「ことば」を単なる表現ツールとしてとらえるのではなく、一つの魅力的な素材としてとらえることで、小説は格段に面白くなると思う。

 難を言えば、私のようにSFに親しみのない読者には分からない部分が多い気がする。だが、それだけ、作者のSFに対する愛情が強いということなのだろうし、想定している読者も、SFファンが中心なのだろうから、仕方ないかもしれない。分からない部分があるという悔しさをもとに、SFを読み漁るようになってほしいということか。もちろん、SFが分からなくても基本的には楽しめるので、問題はないが、SFに精通しているほど、楽しさも増すのだろう。

 個々の作品では、どれも捨てがたいが、「地球最大の決戦 終末怪獣エビラビラ登場」と「トリフィドの日」が良かった。前者は、特撮ものへの挑戦とも言える作品で、特撮もの(特に怪獣もの)の理不尽さを軽やかに表現している。後者の魅力は、何と言っても、株式会社ホシ薬品のホシ社長の正体(?)だ。冒頭の紹介を読んだ時の予想は終盤ですっかり裏切られ、ギャグのための伏線であったことを知らされる。この鮮やかさは見事だった。

 それにしても、類を見ないほどのダジャレを詰め込んだ本作と、それを可能にした作者の田中啓文はもっと評価されても良いだろう。今後の田中啓文の活躍を期待したい。

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