双条光華のエンタメ一刀両断!でタグ「ミステリ」が付けられているもの

ふたりのシンデレラ

ふたりのシンデレラ

鯨統一郎
光文社文庫 (2005/09/20)
620円(税込)

 劇団<O-RO-CHI>は「ふたりのシンデレラ」の上演に向けた合宿中だった。そこで、起こった火災によって、事件は幕を開ける。証人、犯人、犠牲者、探偵役、ワトソン役、記録者、容疑者、共犯者という一人八役の「わたし」。その「わたし」が語る物語にはどんな結末が待ち受けているのだろうか……

 ミステリ界の問題児、鯨統一郎が挑戦した、一人八役という超難題。その発想は面白いし、文章自体も読みやすい。序盤で登場人物のデータ表を提示しているところはフェアだと言えよう。

 しかし、どう考えても、一人八役というのは無理がある。真相を明かされても、八役であるとは納得し難い。そうだと言われれば否定はできないが、こじつけだと言うそしりを受けても仕方ないだろう。ネタバレになるので詳細には書けないが、一人八役であることを説明する際に、すり替えが行われているのである。

 また、トリック自体も質が高いとは言えず、標準作程度の出来であろう。解説では、著者が「ストーカー」などの社会問題をいち早く作中に取り入れたことを称えているが、これは、作品の中心であるトリックがイマイチだったための苦肉の策なのではないかと思ってしまう。

 鯨統一郎の文章というのは、確かに読みやすい場合が多いのだが、その読みやすさは、深みがないからであり、上滑りしているような文章なのである。だから、決して文章が巧いとは言えない。しかし、それでも一定の人気を保っているのは、氏のミステリに対する深い愛情と、新奇なことに挑戦するチャレンジ精神の旺盛さゆえなのだろうと思う。本作も鯨作品のそういう特徴が強く表れているため、読者によって好き嫌いが別れることだろう。そのため、積極的にはお勧めしないが、一度味わってみても良いかもしれない。

小説 名探偵コナン[甲州埋蔵金伝説]

小説 名探偵コナン
[甲州埋蔵金伝説]

谷豊
原作・青山剛昌
小学館 (2005/05/15)
720円(税込)

 コナンと少年探偵団のメンバーたちは阿笠博士と一緒に、夏休みのキャンプを楽しんだ。だが、その帰り道、道に迷ってしまう。その上、博士愛用のビートルはガス欠に。途方にくれた彼らは偶然通りかかった車に乗せてもらい、とある温泉旅館へとたどり着く。そこで、武田信玄の埋蔵金をめぐる事件に巻き込まれていくのだった。

 著者は売れっ子漫画家の青山剛昌率いる「剛昌プロダクション」のアシスタントを務めている人物。小説を書くのは本作が初めてということだが、初めてとは思えないくらいにこなれた文章で、すっきりと読むことができる。

 『名探偵コナン』シリーズといえば、大ベストセラーであり、キャラクターたちの特徴は漫画などですでに形作られている。それゆえ、ストーリーや構成に集中できるという利点があるのかもしれない。本作では、キャラクターたちの個性を存分に生かすことで、とても魅力的な物語を構成している。

 物語の中心は、武田信玄の埋蔵金をめぐる謎。秘宝のありかを示した暗号は解読できるのか。そして、謎の二人組みに誘拐されてしまった歩美と哀を救うことはできるのか。暗号もそれなりにしっかりと作られているが、それ以上に、サスペンスに満ちた展開が楽しい。読みやすさとあいまって、一気に読んでしまうこと請け合いの佳作である。

 昨日、今期の連ドラの感想を書いたので、それに続いて他のドラマの感想も書いておく。昼&深夜ドラマで現在視聴中なのは「デザイナー」、「アストロ球団」「ケータイ刑事銭形零(ファーストシリーズ)」「スターライト」の4作。

デザイナー

 一条ゆかり原作の同名コミックのドラマ化。

 現在視聴中のドラマの中ではこの作品が一番面白い。「野ブタ。をプロデュース」「花より男子」よりも良いと思う。30分という枠の中で必ず大きな展開が起こるので、毎回惹き込まれてしまう。1時間の枠でもたいした展開がないドラマも多い中、非常に洗練された構成である。

 また、昼ドラとは思えないほどの豪華なキャストも良い。亜美役の松本莉緒も鳳麗香役の国生さゆりも気品に満ちた迫力があるし、もう一人の主要人物である結城朱鷺役の塩谷瞬も不思議な雰囲気の中に知性をつつみ込んだ様子が伝わってくる。

 亜美と麗香のデザイナーとしてのプライドがぶつかり合い、その中にまたありさ(国本綾)らのモデルとしてのプライドも絡み合っている。それと同時に亜美のスポンサーとなった朱鷺と亜美との葛藤も見所だ。亜美は朱鷺に操られることから逃れようとするが、デザイナーとして麗香の上に立つためには朱鷺の元を去ることは出来ない。朱鷺は亜美の人生のデザイナーなのである。

 明(天野浩成)や青石(乃木涼介)との関係や亜美の出生の秘密、そして朱鷺の目的と彼の過去。物語は中盤を越えたが、まだまだ気になる点はたくさんある。今後もめまぐるしい展開を楽しみにしたいと思う。

アストロ球団

 遠崎史朗原作の同名コミックのドラマ化。

 観ていて自分でも面白いのか良く分からない。つまらないわけではないのだが、のめり込むほどでもない感じだ。超人野球は非常に映像的で面白いのだけど、ストーリー自体はあまり面白くない。

 宇野球一(林剛史)率いるアストロ球団と峠球四郎(金児憲史)率いるビクトリー球団の対決も、単純に両チームの超人的な技術を楽しむというだけで、勝敗がどうなるかということはあまり気にならない(アストロ球団が勝つのだと思うが)。

 そういうドラマだと思えば、ある種のバカバカしさがとても楽しいのだが、一般受けはしないだろう。だからこそ深夜ドラマということか。制作者の気合も伝わってきて、決して悪いドラマではないが、個人的にはあまり好きではない(楽しいことは楽しいのだけど)。

ケータイ刑事銭形零(ファーストシリーズ)

 BS-iで放送された、ケータイ刑事シリーズの地上波放送。

 シリーズとして多くの作品が生まれているが、私が観たのは本作がはじめてである。全体的に評判の良いシリーズのようだが、評判通りの楽しいドラマだった。

 一番良いと思ったのは、新しいドラマを作ろうという意志が見えるところだ。最近の地上波の連ドラは原作に頼りすぎていて、勢いが感じられない。それに対し、本作はシリーズものではあるが、常に新しさを目指しているように思う。

 たとえば、第5話の「キラークイーン殺人事件」は劇中劇というメタミステリ的な趣向の中で、物語が展開していて新鮮だった。上手く処理しきれていない点もあったが、十分に楽しめた。

 また、作品全般にちりばめられたシュールな雰囲気も面白い。零(夏帆)と高村(草刈正雄)のやりとりもテンポが良くて楽しいし、他の登場人物たちも、フィクションであることを前面に押し出した設定で愉快だ。ミステリとしての合理性や意外性も損なわれていないので、ミステリ好きにも楽しめるだろう。

 ただ、ドラマにリアリティを求める人にはお勧めできない。この作品は過剰なまでにリアリティを排除している。もちろん、ミステリとしてフェアであるためのリアリティは残されているが、基本的には、非現実的な状況や人物が多用される。それを見てバカバカしいと切り捨ててしまうような人は、このドラマを観ない方が良いだろう。その意味では、バカバカしさを楽しめる人のためのドラマと言えるかもしれない。

スターライト

 実在するスターライトスタジオを舞台にした青春ダンスドラマ。

 スターライトスタジオを舞台にしていることから分かるように、ヴィジョンファクトリー(旧ライジングプロダクション)のタレントが登場する。その中心はFLAMEの北村悠と野口征吾の二人である。二人の演技は可もなく不可もなくといった感じだが、いかんせんストーリーがつまらない。

 青春ドラマとしての新鮮さがあるわけでもないし、他の部分に魅力があるわけでもない。作品のアピールポイントは何なのだろうか。タレント主導だとしても、もう少しどうにかしてほしい。主演の星井七瀬がかわいそうではないか。なんだか分からないドラマに出演させられて。

 作品を観ていて伝わってくるのは、ヴィジョンファクトリーの焦りである。ジャニーズの強力な圧力によって、タレントを上手く売り出せないでいるという状況でも、w-inds.はそれなりに人気を集めてきた。しかし、その後に続くべきFLAMEやLeadはなかなかファンを得られないでいるようだ。

 そんななかでスターライトスタジオを舞台に、FLAMEを出演させたドラマというのは、どう考えても事務所の宣伝であり、アピールであろう。個人的な意見だが、このようなやり方は一番やってはいけない手法だと思う。ドラマにせよ、小説にせよ、映画にせよ、描きたい内容や場面があってこその作品である。この作品ではそれが伝わってこない。宣伝的な面が強いからではないかというのはうがった見方だろうか。

ママチャリ刑事I

ママチャリ刑事I

小松江里子
光文社文庫 (1999/02/20)
460円(税込)

 バツイチ子持ちの女刑事、立花薫とその隣に住む専業主婦(夫が刑事)の小泉日向子。そんなふたりのママチャリコンビが活躍する短篇ユーモアミステリ。「呪いのゴミ箱!殺人カラス襲撃事件」など、全四話が収録されている。

 小松江里子といえば、人気脚本家の一人である。おそらく本作も、ドラマ作品なのであろう。そう思って、ページをめくると、「ノベライズ/豊田美加」と書かれている。これはどういうことだろう。奥付を見ても、「著者 小松江里子」となっているのだが......。普通、ドラマや映画などのノベライズの場合、ノベライズをした人物の名前は表紙などにも表記されるだろう。にもかかわらず、本書は、物語が始まる前のページに小さく書かれているだけである。本書の著書はノベライズをした豊田美加であって、小松江里子はあくまで原作とか、原案とか、脚本とか、そういう表記が正しいのではないだろうか。なんとなく納得のいかない扱い方である。

 さて、肝心の内容はと言えば、まあ、普通のユーモアミステリと言って良いだろう。全体的に脚本調なのはとりあえず大目に見ることにする。

 しかし、第二話の事件はどうかと思う。公園に落とし穴を掘って、そこに傘の先を上に向けて無数に立てて置き、その場所に相手をおびき出して......。幅二メートル深さ三メートルの穴を誰にも気付かれずにどうやって掘ったのかも疑問だが、それ以上に、そんな大きな穴に誤って落ちる子供がいなかったことに驚嘆する。そもそも、そんな穴をどうやってカモフラージュしたのかも分からないし。それに、そこまで苦労しておいて(おそらくスコップで掘ったのだろう。三メートルも!一晩で?)、凶器が傘とは(しかも17本だけ)、ユーモアミステリにしてもちょっとひどいような気がする。ドラマの場合は大げさにしないといけないのかもしれないが、小説化する際にはもう少し考えてほしい。

 ちなみに、ユーモア部分はしっかり押さえられているので、細かいことを気にしなければ、十分に楽しめる。特に、専業主婦、小泉日向子と鑑識官とのやり取りは非常に面白い。おそらく、ドラマにおいても、見所の一つになっていたことだろう。

春期限定いちごタルト事件

春期限定いちごタルト事件

米澤穂信
創元推理文庫 (2004/12/24)
609円(税込)

 小鳩君と小佐内さんは「小市民」を目指す高校一年生。二人は恋愛関係にあるわけでもないのに、いつも一緒にいる。二人で出かけることもしょっちゅうだ。逃げたい時の言い訳に互いが互いを利用し合う。二人はそういう関係なのだ。そんな不思議な交際を続ける二人の日常は微妙にどこかが歪んでいる。歪んだ日常の中で起こる事件はいたって普通。だけどやっぱり歪んでる?そして、二人は無事「小市民」になれるのか?

 いわゆる日常の謎派の作品と言って良いだろう。しかし、その日常はどことなくいびつである。その原因の一つは、主人公ふたりの抑圧された感情からくるのだと思う。解説でも述べられているように、この作品の中では心情描写が非常に少ない。それは、読者を惹きつけるためのテクニックというよりは、主人公たちの自主的な抑圧を表現しているのだろう。彼らは小市民を目指している。そのためには目立ってはいけない。だから、二人とも本当の自分を隠しながら生きている。それは決して苦痛ではなく、そう生きることが彼らの目標であり夢であるのだ。

 しかし、彼らの努力を邪魔するかのように、ふたりの前には次から次に謎が湧き上がる。本当は謎になんて関わりたくない。小市民たるもの、名探偵面をして謎解きを披露するのは断固として避けなくてはいけないのだから。

 そう思いつつも、なんだかんだで謎を解くことになってしまう。その時の葛藤はとても切実である。そして、読者はある疑問を抱く。どうして、彼らは小市民を目指すのか。なぜ、目立ってはいけないのか。そして、彼らの過去に何があったのか。読者にとっての謎は、彼らに提示された謎ではなく、彼ら自身なのである。

 この作品が新鮮で魅力的な理由はそこにある。主人公自体を最大の謎にしたところが面白いのだ。そして、その謎は少しずつ明らかになるが、完全に明かされることはない。しかし、読み終えた時は妙に納得してしまう。言葉にしなくても伝わる何かが行間に埋め込まれているのだろう。

 また、構成も大変良く出来ている。いわゆる連作短篇の形を取っており、五作の短篇が収録されているのだが、その連作短篇形式が非常に上手く生かされているのだ。連作短篇というのは、各短編での謎のほかに、シリーズ全体を貫く大きな謎があり、それが徐々に明らかになっていくことで、長篇にも匹敵するスケールを持ち得る形式である。しかし、最近は単純に主要な登場人物が共通で、事件の傾向が似ているというだけの場合が間々ある。

 本作の場合、第一話「羊の着ぐるみ」を読んだ段階では、少し変わった雰囲気があるというだけで、それほど魅力的でもないし、正直、凡作かと思ってしまった。ミステリの粗悪濫造が叫ばれている今時なので、あの創元推理文庫でもこの程度の作品を出版してしまうのかという、多少がっかりした気持ちになった。しかし、それは全くの読み違いであったのだ。

 続く第二話、第三話と読み進めていくうちに、この連作で見るべきなのは、先述したように、主人公ふたりの謎であり、また、そのふたりの特異な生き方の面白さなのだと気付かされた。

 そして、最終話にあたる「狐狼の心」で、とうとうふたりの秘密が明らかになり、そして、一話から四話までに仕組まれていた伏線に驚かされる。何と用意周到なことか。さらには、今までのほんわかとした雰囲気が一転してサスペンスに変わるという驚愕の展開である。この最終話のために、それまでの物語があったのだと言って良いだろう。それぐらい、最終話の衝撃は大きい。

 語り口も雰囲気も一見ライトなミステリだが、その実非常に鋭い作品であった。それはまさに、小鳩君と小佐内さんのようではないか。彼らが小市民としての外見を苦労して作り出しているように、この作品自体も、ライトミステリとしての外見を苦心の上で形作っているのであろう。そう考えると、この作品が非常に奥の深い傑作であることは揺るぎない事実であるように思うが、皆さんはどう思われるだろうか。

ロートレック荘事件

ロートレック荘事件

筒井康隆
新潮文庫 (1995/02/01)
460円(税込)

 ある夏の終わり、ロートレックの作品に彩られた、瀟洒な洋館に青年たちと美しい娘たちが集まり、優雅なバカンスが始まった。しかし、そのバカンスは、二発の銃声によって打ち破られる。厳重な警戒にもかかわらず、次から次に殺されていく美女たち。果たして犯人は見つかるのか?そして、読者はトリックを見破ることができるか?奇才が紡ぎだした前人未踏のメタミステリがここに幕を開ける。

 大変な労作と言えよう。内容について述べることは出来ないが、とにかく緻密に構成された作品である。伏線とトリックが随所に仕掛けられており、最後の謎解きを読む際には、いちいち該当ページを確認したくなることだろう。

 そのように、とても丁寧に作られた労作であることは確かなのだが、ミステリとしての面白さという点では多少劣るように感じる。それは、作中に仕掛けられたトリックがアンフェアだという理由ではなく、犯人が明かされた時の驚きが小粒であったからだ。謎解き場面で指摘されたページを確認する時には驚きを感じるし、思わず笑みがこぼれてしまうこともある。だが、それは一種の確認作業のようで、小説を楽しむということとは少し異なる気がする。

 そのため、作品自体をもう少し短くしても良かったのではないかと思ってしまう。謎解きが長く、途中で確認作業に飽きてしまうのだ。謎解き部分はそれ以前の部分と照らし合わせてみることで魅力を放つのだが、照らし合わせずに読むと、それほど面白くないのである。

 つまり、犯人が明かされ、ある程度作中の仕掛けを確認してしまうと、その時点で作品としての面白さが終わってしまうということだ。だから、謎解き部の後半はあまり楽しめなくなると言って良いだろう。

 新鮮なミステリとしての魅力は十分に備えているので、一読の価値のある作品であることには違いない。しかし、誰にでも勧めたくなるような作品でもない。物語を楽しむというよりは、技巧を楽しむ作品なのだろう。その技巧に関しては、最大限の賛辞を贈りたい。

 なお、作中で言及されるロートレックの作品が挿絵のように挿入されているが、それらの作品がストーリーに連関しているかというと、そうとも言えないようだ。ロートレックの作品が挿入されているのは、簡単な画集としての魅力を加えるということなのだろうか。ロートレックの絵が好きな人は、ぱらぱらとめくってみても楽しめるかもしれない。

塩原殺人行

塩原殺人行

草野唯雄
光文社文庫 (1988/09/20)
462円(税込)

 草野唯雄と言えば、ブックオフの「く」の棚で見かけることの多い作家である。本当は「そうのただお」だから、「そ」の棚にあるはずなのに。草野に限らずこういう間違いは不勉強なアルバイト店員のおかげで度々見られる。しっかりふりがなも振ってあるし、背の部分に「そ 1-9」って書いてあるのになぁ。

 現代のミステリファンにとってもあまりなじみのない名前であることは確かだから、仕方ない。だが、多くの作品を生み出したベテラン作家であることは確かだ。などと知った風なことを言っているが、私も本書が初めて読む草野作品であったりする。

 本書には、表題作の「塩原殺人行」の他に、「大東京午前二時」が収録されている。後者は、昭和42年の乱歩賞で最終選考に残った「失われた街」を圧縮・改稿し、雑誌『推理界』昭和43年2月号に掲載された作品だ。すなわち、40年近く前の作品ということになる。

 40年も前の作品となれば、古めかしく感じられるのは仕方ないだろう。まして、変化の激しい東京を舞台にしているのだから、その傾向はより強い。それを拭うことができないが、作品のスピード感は衰えていないと思う。

 冒頭は男女の放蕩のような雰囲気だが、それが女性の自殺騒動により、サスペンスに一転する展開が鮮やかだ。彼女は睡眠薬を飲んで、あるビルの一室に閉じこもる。同時に、その部屋のガス栓を開けたため、朝になりガスの元栓が開かれれば、確実に死へといたってしまう。彼女を助けるためにビルを飛び出した主人公は、焦りと酔いのために、車に轢かれ、病院の前に捨てられる。あのビルはどこだったのか。早く見つけなくては彼女が死んでしまう。こうして、時間制限サスペンスが始まるのである。

 期限までにビルを探し出さないといけないという設定が面白い。そして、そこに絡んでくる人々の思惑。刻々と迫りくる時間の中、わずかな手がかりを元に、少しづつビルへと近づいてゆく。警察の捜査が緩慢というか、回りくどい印象を受けるのが玉に瑕だが、サスペンスとどんでん返しは良くできているし、複数の視点が同時進行的に語られるのも効果的だ。推理小説という感じではないが、サスペンス小説としての出来は標準以上であろう。

 一方、表題作の「塩原殺人行」は「大東京午前二時」の半分程度の長さであるが、こちらは駄作だった。トリックが納得しがたいし、フェアでない。トリックに気付かせるための伏線を入れる余地は十分にあるにもかかわらず、それがないため、明かされた時に理不尽さを感じてしまう。犯行方法を明かすのが物語の中心というわけではないのだろうが、それにしても物足りない。後半からは(またも)時間制限サスペンスに移行するが、それほど緊迫感もなく魅力的とは言い難い。頭を使わずに読み進められるのがせめてもの救いか。

新版 ミステリーを書いてみませんか

新版 ミステリーを書いてみませんか

斎藤栄
集英社文庫 (1998/11/25)
520円(税込)

 1963年に「機密」で宝石中篇賞、1966年に「殺人の棋譜」で乱歩賞を受賞し、その後もタロット日美子シリーズなどで支持を得ている斎藤栄。本書は彼が書いたミステリー作法の指南書である。ミステリーそのものの定義や歴史から始まり、発想法、取材法、メモの取り方、トリック論など、具体的なテクニックが分かりやすく丁寧にまとめられている。また、著者のヒット作の執筆裏話なども織り込まれていて、作家志望者以外でも興味深く楽しめる一冊と言えよう。

 全体的に、作品ができるまでの過程が大変丁寧に書かれているので、とても面白い。特に題名の付け方に関する話は大変興味深かった。また、様式美を重んじるという日本の伝統的な考え方とミステリーとの関係についての指摘も大いに納得させられた。

 だが、著者が生み出したという「ストリック理論」については初耳である。ストーリー自体がトリックになっていて、ストーリーとトリックを分割できないような小説を「ストリック」と名付け、ミステリーは「ストリック」を重視すべきだというような意見だ。「この意見は私だけが提唱したもので、他の人は賛成していない」と書かれているが、私は妥当性のある意見だと思う。ただ、「ストリック」というのは「叙述トリック」とほとんど同じようなので、現代では格別新鮮な意見とは思えない。もっとも、これが提唱されたのは1968年に講談社より刊行された『虹の幻影』のあとがきの中だそうなので、当時は新鮮だったのかもしれない。

 作家志望者向けに書かれているというよりは、ミステリーを愛する人全般に向けてかかれているような気がする。それは、タイトルにも表れているのではないだろうか。『ミステリーを書いてみませんか』というのは、今までミステリーを書いたことのない人への呼びかけであろう。読むだけで満足している人に対して、書くのはもっと楽しいですよと声をかけてくれているのだ。事実、本書を読んでいるうちに、自分にも書けそうな気がしてくる。現実にはそんなに簡単なものではなかろうが。

QED 式の密室

QED 式の密室

高田崇史
講談社文庫 (2005/03/15)
440円(税込)

 講談社ノベルス「密室本」キャンペーンの一冊として上梓された本作は、高い人気を誇るQEDシリーズの第5作目である。

 今回のテーマは陰陽師安部晴明とその使いである式神だ。陰陽師の末裔が密室で変死体となって発見された。その事件は犯人不明のため自殺として処理されてしまうが、30年の時を経て、被害者の孫は目に見えない式神が犯人だと主張する。その孫に相談され、30年前の事件の解決に乗り出した桑原崇は同時に安部晴明伝説の真相と式神の正体を解き明かす。

 今までの作品に比べてページ数の少ない本作は、物語の構成も前作までとは違う。いわゆる回想ものなのである。いつものバーで、崇が小松崎と出会うきっかけとなった出来事(上記の密室殺人事件)を奈々に聞かせるという設定だ。だから、現在の場面は変わらない。いつもは一緒に行動し、事件を解決していく奈々は完全に聞き役となっているのだ。

 そのような構成のためか、あるいは作品が短いためか、いつも以上に歴史の謎解きの比重が高くなっており、殺人事件の方は小粒になっている感じがする。歴史ミステリとしての側面は非常に面白く、勉強になる。しかし、このシリーズの魅力は、事件の謎解きと歴史の謎解きとが有機的に絡まりあっているところにあるので、その絡まりが軽薄だと物足りなく感じてしまう。事件解決時の奈々に対する祟の言葉は確かにその通りなのであるが、作者によるこじつけの印象を受けるのが残念である。

 逆に感心したのは、前作の最後に謎のまま残されていた「かごめ歌」の謎が冒頭でひも解かれ、しかも、それが本作の謎としっかり関係していて、伏線にもなっている点だ。QEDシリーズは基本的に年1冊ペースで刊行されているが(最近はventuresと合わせて年2冊)、一年後の次作を意識して伏線を仕掛けたというのは素晴らしい。おそらく、シリーズ全体の構成もしっかりと考えられているのだろう。

 十分に標準以上の魅力を持った作品なのだが、今までの作品のレベルが高かっただけに、厳しめの評価になってしまった。薄くなっても作品の重厚感はしっかりと保たれており、その点では、気軽にシリーズの雰囲気を味わえるという入門書的側面があるのかもしれない。もちろん、シリーズものは第一作から読むのが一番良いと思うが、本作で扱われるのは、第一作以前の出来事なので、「密室本」としてQEDシリーズに初めて触れる読者を意識して書かれたとも考えられるのである。

パンプル・ムース氏の秘密任務

パンプル・ムース氏の秘密任務

マイケル・ボンド
創元推理文庫 (2001/11/30)
651円(税込)

 『くまのパディントン』の作者マイケル・ボンドによる、大人向けスラップスティックミステリーの第二弾。

 元刑事、今はグルメガイドブックの覆面調査員であるパンプルムース氏は、元警察犬で、とってもグルメな愛犬、ポムフリットと共に秘密任務を遂行する。その秘密任務とは、編集長の叔母さんが経営するゼロ星ホテル・レストランを立て直すこと。でも、このお店、なんだかすごい秘密があるようで……

 推理小説ではあるが、いわゆる謎解き小説ではないし、本格ミステリとは程遠い。ユーモアミステリと呼ぶのが適当だろう。しかし、作中に溢れるユーモアは並大抵のものではない。端から端まで笑いに満ちていて、決して電車で読んではいけない作品だ。その笑いも、一過性のものではなく、後まで尾を引くものなので、油断していると、周りから白い目で見られる可能性がある。そのぐらい愉快な作品なのだ。

 それにしても、次から次に珍妙な事件が起こるのは、どうも、主人公とその愛犬のせいらしい。彼らが活躍するたびに、事件がどんどん拡大していくのである。なんとも主人公にふさわしい二人ではないか。そんな二人が繰り広げる珍事は、閑静な村を揺り動かし、大変な大事へと発展する。どう考えても収拾のつきそうにない状況をきれいに解決するのは見事だが、もとはと言えば、自分たちが原因になっている部分も多く、引っ掻き回して去ってゆくという感じである。

 今回は媚薬がらみの事件とあって、前作以上に艶っぽい。その艶っぽさは、決して嫌らしくなくて、とにかく可笑しいのである。凄惨な事件をテーマにしたミステリで頭も心も疲れた後はこのシリーズで気分転換をしてほしい。しかし、読みはじめたら、気分転換どころか、全作一気に読みたくなってしまいそうなのが困ったところだ。

ミステリーズ! Vol.10

ミステリーズ! Vol.10

東京創元社 (2005/04/15)
1260円(税込)

 この『ミステリーズ!』は、今発行されているミステリ系文芸誌の中でも一番のお気に入りだ。とにかく、小説で埋め尽くされていて読み応え十分である。それでいて、読み疲れないようにエッセイやコミックなども挿入されている。そして、なんといっても企画が多いのが嬉しい。創刊号から犯人当てが掲載され(残念ながら終わってしまったが)、リレー小説、短篇競作と注目企画が盛りだくさんである。

 そんな中で、今号、北村薫の『ニッポン硬貨の謎』が最終回を迎えた。この作品は、発見されたクイーンの未発表原稿を北村薫が翻訳したという設定の小説だ。凝った訳注が挿入されていて、とても丁寧に創られている。知らなければ、本当に翻訳なのかと思ってしまうだろう。ちなみに、犯人の名前について作中では細かく触れられていないが、なんとも上手いネーミングである。

 短篇競作の今号の執筆者は、評論家の佳多山大地。初のミステリ創作だそうだが、しっかりと書けている。なんとなく薀蓄臭さを感じてしまうのは仕方ないだろう。

 あとは、はやみねかおるの巻頭エッセイが面白かった。現代の児童文学作家の大半は、兼業作家だそうだが、彼は、そういう厳しい状況の中で、児童文学専門ではないにせよ、専業作家として活躍してる稀有な作家である。そういう作家が生まれる過程が伝わってきて興味深い。子供たちに話すネタが尽きて、自分で創るようになり、そして作家への道を進んでいったそうだ。子供に直に話すつもりで書いているから、子供の心をつかむ(大人の心も)作品が生まれるのだろう。

IN・POCKET 2005年6月号

IN・POCKET 2005年6月号

講談社 (2005/06/15)
200円(税込)

 巻頭特集は高野和明インタビュー。乱歩賞を取った『13階段』は有名な作品だが、未読なので読みたいと思っているものの、なかなか辿り着けない。ちなみに、彼が岡本喜八に師事していたとは知らなかった。

 インタビューの中で、物語の「黄金パターン」を外すにはよほどの勝算がなくてはいけないと語っていたが、まさにその通りだと思う。確かに、黄金パターンに忠実だと、ありきたりに思うこともあるが、だからといって、新奇であれば良いというものではない。人物描写などの細部がしっかりしていて、かつ工夫されていれば、黄金パターンでも十分に新鮮さを感じられる。

 一方、そのパターンを外した場合、よっぽど上手く創られていないと、細部が丁寧でも全体として崩れてしまう可能性がある。メタ志向が強すぎて、結局良く分からない作品になってしまうというのも、この典型だろう。

 今号で、赤川次郎の「観光案内殺人事件」と、逢坂剛の「暗い国境線」が最終回を迎えた(前者はシリーズものなので、すぐに次の話が始まるが)。「観光案内殺人事件」はユーモアミステリなので、この真相でも良いのかもしれないが、飛びぬけたトリックを期待していただけに、少しがっかり(作品としては十分面白かった)。

 「暗い国境線」は続編があるのだろうか。まだまだ続くのだろうと思っていたので、突然の終了に驚いた。一応、当面の問題には片が付いたということなのだろうが、少し唐突な感じもする。

新装版 虚無への供物(下)

新装版 虚無への供物(下)

中井英夫
講談社文庫 (2004/04/15)
730円(税込)

 やはり感想が上手くまとまらないので、少しだけにしておく。

 饒舌な語りで、難解な内容であっても、スラスラと読めてしまう。推理合戦の果てにもたらされたのは、切ない結末。現実は推理小説のように面白くはないのだ。だが、この作品に流れる非現実的な雰囲気は、いかにも小説的である。都内の、見知った地名が出てくるにもかかわらず、まるでパラレルワールドのような、空想めいた景色が漂う。そんな小説の中で語られるのは、やはり現実ではない。ただ、推理小説的でないというだけだ。小説と現実の乖離、推理小説と現実のより大きな乖離。しかし、小説とはそういうものだ。小説が現実的である必要はない。推理小説にリアリティがなくたって良い。

 この作品は、推理小説が非現実的であることを描いたわけではないと思う。推理小説の中で行われる謎解きが確実なものではないということを描いたのだろう。作者によって生み出された謎の真相は、読者に分からないばかりでなく、作者自身にも分からないということではないか。そのことを告げた作品なのかもしれない。

 自分でも読みきれていないので(どんな小説でも、完全に読むということは不可能だと思うが)、感想もまとまりがないし、誤った読み方かもしれない。なにか指摘や意見があったら、コメントやトラックバックをお願いしたいと思う。

IN・POCKET 2005年5月号

IN・POCKET 2005年5月号

講談社 (2005/05/15)
200円(税込)

 特集は「文庫で翻訳ミステリーを読もう」。翻訳ミステリをほとんど読まない私にとって、参考になる内容かと思ったが、あまりに多く挙げられていたため、結局どれが良いかよくわからなかった。なんだか、宣伝っぽいし。

 高里椎奈の『銀の檻を溶かして』が文庫化されたそうで、「もうひとつのあとがき」が掲載されていた。高里氏の作品は未読だが、この機会に読んでみたい。最近は、舞城王太郎の作品も相次いで文庫化されており、いろいろ読んでみたいものはあるが、なかなか手が回らない。

 『IN・POCKET』は、北原亞以子の「霧笛」以外はすべて読んでいるが、小説もエッセイも面白いものばかりで、分量もちょうど良く、200円分は十分に楽しめる。これからも充実した内容を期待。

元総理探偵・霧島幸四郎 絶体絶命!

元総理探偵・霧島幸四郎 絶体絶命!

武川行秀
講談社ノベルス (1993/04/05)
775円(税込)

 武川行秀こと、ミュージシャンでもあるタケカワユキヒデ氏の書下ろし長篇ミステリ。彼はミステリ小説を4冊刊行している。ミステリ作家としてデビューすることになった経緯は、前作『元総理探偵・霧島幸四郎の推理』(講談社ノベルス)に詳しいが、ミステリ以外にもファンタジー小説なども書いている。

 前作は意外と良くできていた。なので、今回も多少期待はしていたが、結局期待はずれであった。小学校で次々と事件が起こるというストーリーなのだが、まずトリックがない。しかも、犯人の行動は偶然の要素にかなり依存していて、いかにも小説然としている。なのに、小説的な面白さが欠けているのはどういうことだろうか。

 一つには、本格ミステリ的な舞台設定にもかかわらず、そこで繰り広げられる事件は、人間関係に重点を置いた、火サス的な内容であるのが原因だろう。かといって、その人間関係はあまりに複雑すぎて、興味がわかない。ユーモアミステリにもなっていないし、どう楽しめば良いのか分からないのだ。

 また、人間描写の甘さも問題だ。登場人物が多く、それぞれの人物は一応の属性を持っているのだが、だんだん混乱してくる。そして、殺人が起きたにもかかわらず、あっさりと気分転換出来てしまっているというのも気になる。殺人事件が起きた学校で、すぐにまた授業を再開するとは、到底理解できない。教師も保護者も何を考えているのだろうか。きっと、なにも考えていないのだろう。彼らはストーリを進めていくためのコマでしかないから。

 そして、最後のどんでん返しも全く驚けないし、それがあるために不自然さを助長してしまっている気さえする。殺害方法に謎がなく、とにかく犯人探しだけをしていくのは構わないが、どうしても飽きてくる。読者を惹きつける様な設定が必要だろう。

 後は、作家として、文章を書くことに対する意識が低いと思う。文末が「~た」の連続というのは、単調だし、読んでいて引っかかる。途中、ある人物が自分の行いを告白する場面で、「~ました」というのが永遠に続く場面は、事実の羅列にしか見えなかった。いくら告白とは言っても、相手に語りかけるときに、こんな話し方はしないだろう。こんな文章を平然と書くこと自体、理解できないし、それに対して編集者が何も言わないというのも不思議だ。

 本作を読んでもわかるが、作者は書きたいことを上手く処理できていない。書きたい気持ちはわかるのだが、本として販売する際には、読みたい人がいなくてはいけない。書き手の一方的な押し付けを読む読者はいないだろう。続編執筆の意欲があるようだが、次作は読者を意識した作品であってほしい。

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